慢心が招いた結果
2010/04/26正直、がっかりさせられた。
全試合を取材できているわけではないが、これまで見た試合の中で最も内容、展開ともに納得がいかなかった。県1部リーグの開幕戦は、3部時代から積み重ねてきたリーグ戦の連勝記録がストップしただけでなく、S.C.相模原にとってワーストに入るゲームだった。
結果は1-1の引き分け。決して敗れたわけではない。昨季も重要な試合で敗れたこともあった。大学生やJリーグ勢にテストマッチで敗戦することもある。引き分けたという結果が悪いわけではない。引き分けた、その内容に落胆させられたのだ。
試合終了後、選手たちを集めて望月重良はこう語った。
「Jリーグを目指しているチームが、このくらいの相手をいなせないでどうする」
対戦した六浦FCは健闘した。アマチュアでありながら、Jリーグでのプレー経験がある選手を多く抱えるS.C.相模原に走り負けることはなかったし、勝点を獲得するためのがむしゃらさがあった。望月も相手の善戦を素直に受け入れている。
「相手にはがむしゃらさやひたむきさがあった。うちにはそれが感じられなかった。今のチームは、それだけの力しかないということ。選手たちには慢心があったんだと思う」
キックオフ直後は良かった。「攻撃に厚みを持たせたかった」(望月)という狙いから採用した3-5-2システムが機能したからだ。右サイドにスルーパスが出ると、金澤大将が追いつき、マイナス気味のクロスをゴールへ入れる。それをニアに走り込んだ齋藤将基が正確にゴールへと流し込んだ。
しかし、3-5-2が機能したのは、この一度だけと言ってもいい。8分には守備陣の連係ミスにより同点に追いつかれる。選手たちにはミスで失点したため、すぐにリードを奪えるという「奢り」があったのだろう。相手は全員が自陣に引き、守備を固めるため、余計にボールをポゼッションできてしまうS.C.相模原の選手たちには、「余裕」があった。その余裕こそが「奢り」だ。
パスには正確性が欠けていた。1本目はつながるが、2本、3本とつなごうとすると、どこかでパスコースがずれる。それにより攻撃は一からやり直しになるし、相手に奪われカウンターを見舞われる場面もあった。運動量も相手のほうが勝っていた。相手が引いていたこともありゴール前にスペースはなかったが、追い越していく動きも少なければ、DFとDFの間でボールを受けようという動きも少ない。止まったままでもボールをキープできるからか、本来のS.C.相模原が標榜する「狙い」は全く見られなかった。また、サイドといった局面で一対一を仕掛けるプレーもなかった。
そのプレーのすべては、「慢心」から来ている。六浦FCとはクラブ創設からの3年間で、すでに4回対戦している。そのすべては僅差ながら勝利しており、今回も「勝てる相手」と見ていたのではないだろうか。
過去の対戦成績が示しているように、ボール支配率で圧倒していたように、十中八九は勝てる相手、勝たなければならない相手だ。それなのに運動量で走り負け、ミスを連発して自滅していたのでは、この先にある重要なトーナメントを勝ち抜けるとは思えない。
この敗戦を選手たちはどう受け止め、どう消化していくのか。
確かに負けてはいない。だが、Jリーグを目標に、今季はJFL昇格をスローガンにするチームとして、この引き分けは重く受け止めるべきであろう。
S.C.相模原はJリーグ準加盟を受けて、JFL昇格を懸けて行われる地域リーグの決勝大会に、飛び級で参加できる可能性がある。
ただし、その要項には、「実力が群を抜いていること」という条件がある。
果たして、県1部リーグで引き分けてしまうチームは群を抜いているのか。
常に勝利を義務づけられながら戦うのは至難の業だ。それでも結果を出し続けなければならない。
「僕らは県リーグや県の選手権で優勝するのが目的のチームではない」と船越優蔵も語っていた。
チームには今一度、初心に返り、一つひとつを全力で戦ってほしい。対戦した六浦FCのような、がむしゃらさ、ひたむきさがあれば勝利できたはずだ。
「慢心」こそ、彼ら最大の敵である。
誰よりもこの結果に不甲斐なさを感じた望月は、最後にこう語っていた。
「この引き分けで選手たちの目も覚めるはず」
そうであってほしい。S.C.相模原はどこを目指しているのか、選手たちが誰よりも分かっているはずだ。
原田大輔
